まず「進め方の型」を持つ ― 6フェーズとクオリティゲート4観点
個別のユースケースに入る前に、すべてのAIアプリに共通する進行の骨格を押さえます。私たちは開発を「0. 構想・意思決定 → 1. 要件・設計 → 2. PoC・試作 → 3. 構築・統合 → 4. 限定公開 → 5. 本番・運用」の6フェーズに分け、各フェーズの出口にクオリティゲート(通過基準)を置くことを推奨しています。ゲートは「満たさなければ次に進まない関門」であり、評価の観点は次の4つです。
- 機能・価値 ― 狙った業務価値を果たし、実際の利用者で検証できているか
- セキュリティ・コンプライアンス ― 認可・秘密情報・個人情報に加え、プロンプトインジェクション対策や出力検証といったAI特有の項目
- 性能・コスト ― レイテンシ、トークンコスト、レート上限
- 運用・引き継ぎ ― 監視・異常検知、ドキュメント、オーナーの明確化
4観点の重みはフェーズごとに変わります。設計段階ではセキュリティを、PoCでは機能価値と性能コストを、限定公開以降は運用を重点的に見る、というように「いつ・何を厳しく見るか」をあらかじめ決めておくことで、PoCが検証もされないまま本番化する事故を防げます。
代表6ユースケース ― それぞれの構成と勘所
社内AIアプリの典型は次の6つです。それぞれ想定構成もリスクの性格も異なるため、「AIアプリ」と一括りにせず、自分が作ろうとしているものがどの型かをまず特定することが出発点になります。
| ユースケース | 概要 | 最大の勘所 |
|---|---|---|
| ➀ 社内FAQ・ナレッジQ&A | 社内規程・手順書への自然言語Q&A(RAG) | 権限境界。検索の段階でユーザー権限のフィルタを効かせ、回答には出典を付ける |
| ➁ ワークフロー自動化 | 申請の受付・分類・ルーティングの自動化 | 「提案まで、実行は人間」から始め、重要操作には人間の承認を挟む |
| ➂ データ集計・レポート生成 | 定型レポートやサマリの自然言語化 | 「数字は決定的に計算、説明だけ生成」。AIに計算させず、生成文の数値は元データと突合する |
| ➃ 問い合わせ対応支援 | ヘルプデスクの一次回答ドラフト作成 | AIは一次ドラフト、確定は人。自信度の低い回答は自動で人にエスカレーション |
| ➄ 文書の要約・分類 | 大量文書のタグ付け・振り分け・要約 | 影響度に応じた人手確認の閾値設計。機密文書は社外送信を避ける |
| ➅ 簡易エージェント | 複数ツールを呼んで自律実行 | 6つの中で最もリスクが高い。権限・実行上限・サンドボックスで影響範囲を物理的に制限する |
共通して流れているのは「AIは補助、確定は人」という原則です。特に➅のエージェントについては、構想段階で「本当に自律実行が必要か」を再検討してください。実務では、その多くが➁のワークフロー自動化(ルールと人間による実行)で十分に足ります。自律性は最初から組み込むものではなく、運用が安定してから最後に足すものです。
ユースケースを問わない「共通の基準線」
どのユースケースでも、アプリとして満たすべき土台は同じです。社内IdPとのSSO・役割ベースのアクセス制御、シークレット管理(鍵をコードに置かない)、ログ・監視、データ所在の確認。加えてAIを組み込むアプリでは、認可はLLMの外側で決定的に強制する、モデルの出力は検証してから下流に渡す、入出力のフィルタリングとレート・コスト上限を設ける、という基準線を全アプリ共通で敷きます。
LLMは各アプリから直接呼ばず、LLMゲートウェイを経由させて、コスト・レート制御・ログ・モデル切替を一元管理する構成を最初から取ることを推奨します。アプリが2本、3本と増えたときの統制コストがまったく違ってきます。
技術選定は、流行ではなくチームのスキルと既存エコシステムへの適合で決めます。2026年6月時点の代表例を挙げると、RAG・データ連携にはLlamaIndexやLangChain、エージェント制御にはLangGraphやClaude Agent SDK、ツール連携にはMCP(Model Context Protocol)が広く使われていますが、この領域は入れ替わりが速いため、採用時点で最新の状況を確認してください。評価・監視の仕組みは「後で入れる」ではなく最初から組み込むのが原則です。
最初の1本はどう選ぶか
最初の1本には、➀機微データへの依存が小さく、➁効果を利用者が体感しやすく、➂失敗しても業務が止まらないユースケースを選びます。この条件に合いやすいのが社内FAQ(➀)や文書の要約・分類(➄)で、逆にエージェント(➅)や社外向けの問い合わせ対応は、組織としての運用経験を積んでから着手すべき領域です。最初の1本の役割は、機能を届けることだけではありません。ゲート運用・評価セット・監視といった「2本目以降を速く安全に作るための組織の型」を確立することにあります。
まとめ ― 実行段階の3原則
- 6フェーズ×4観点のゲートで進める。基準を満たさなければ次のフェーズに進まない、を徹底する。
- 自分の企画がどのユースケース型かを特定し、その型の勘所(権限境界・人間承認・決定的計算など)を要件に組み込む。
- エージェントは最後の手段。まずワークフロー自動化で足りないかを疑い、自律性は運用が安定してから足す。
派手なデモよりも、地味な基準線とゲートの運用こそが、社内AIアプリを「作りっぱなしのPoC」で終わらせないための最短経路です。